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脳log[20240403]



2024年04月03日 (水) 9年ぶり2度目にお風呂で死にかけた話。お風呂で 15 分ほど本を読んでから湯船を出て歯を磨いていた。胸がずんずん苦しくなってきて吐きそう。吐いたら楽になるかなと考えるけど吐けない。床に倒れ込んで楽になりたい気がするけど、楽になるはずもない。だけどひたすらに胸が重苦しいので、どうにかして解放されたいのだ。さっきから便意があるのも吐き気と連動しているのだろうか。お風呂に入る前にもう出してるんだけど。ここで、あ、これ脱水でのぼせてるんだと気がついた。経験があるから今度は少しだけ気がつくのが早かった。15 秒くらい。のどの渇きはないけどシャワーのお湯を3口飲んで様子を見る。楽にならない。倒れ込みそう。倒れる前にうんこを出しておきたいと思った。体を拭いてトイレへ。出したあとたぶん5分くらい朦朧としていた。なかなか良くならないので飲んだのが3口では足りなかったかと不安になる。でももう動けない。水分が減っているということは血圧が低いだろうと思って、頭を下げるために肘をついて床を眺めていた。上半身に支えが必要だったということもある。そうしているうちに徐々に頭のもやと胸の苦しさが晴れてきた。濡れた肌に夜の冷気が心地よい。そのあとはお風呂に入り直した。寝る前に飲むためのお茶をお風呂に入る前に淹れていたのだけど、飲むタイミングが間違っていたね。だけどのどは渇いていなかったのだ。■今日は朝からいつもと違っていた。いつもは遅い朝食を用意するときに急須に 500 mL ほどお茶を淹れる。食後にココアも作る(300 mL くらい)。ココアを飲んだあとの口直しにティーバッグでコップ半分くらい(140 mL)のお茶も淹れる。それがどういうわけか今日に限って 140 mL だけで満足していた。今日一日それだけで満足していた。感覚がバグっていたのだろうか。数字で管理しないといけないのだろうか。■しかし、この日記を書くにあたって検索してみたら、前回(20150115)がもう9年前だったということが驚きなんですよ。感覚に従えば3から5年前くらいというのが妥当。年をとればとるほど体感時間は短くなるらしいが、それは生きてきた時間を尺度にして時間を計るからなのか。年の数で計る余命より体感する余命はずっと短い。